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2008年5月11日 (日)

080511「 アパートのリビングルームの床に現金を敷き詰める」

Simple









アパートの2LDKの部屋は、リビングダイニングル

ームが約8畳分ある。フローリングの床に丸いテーブ
ルと二つの椅子、そしてソファが一つ、コーナーにテ
レビという簡素な構成だ。

スポーツバッグで、ホテルから2往復して部屋に持ち
込んだ47000万円の札束は、50万円ずつに分ける
と、940個になる。使い古しの紙幣だが、新品と変わ
らない。続き番号ではない、というだけではないのか、

と高木は思いながら、100万円を半分に分けて、新聞
紙で簡単に巻き、セロテープで止めるという隠蔽工作
を必死で続けた。この作業で、朝から夜まで作業して、
3
日かかった。

畳一畳分で、50万円の札束が121個埋まるので8
だと、968個埋まる。できるだけ中央よりに敷き詰め、
端の空いたスペースには発砲スチロールのブロックを
カットして、すき間なく埋めた。その上に45センチ
四方の正方形のカーペットを敷き詰めて、何とか部屋
のイメージが落ち着いたのは、1027日から始めて、
5
日後の111日の土曜日になった。

札束の上に乗っているというイメージは、もちろん払
拭できないが、全体では1センチ弱床が上がっただけ
なので、視界はほとんど変わらない。

あのサムソナイトの旅行鞄を持っていないというだけ
で、なんとも言えない開放感にひたれた。中身は返し
ていないのに、むしろ本当の戦いはこれからかもしれ
ないのに…、ひととき心が寛いだ。

留守電を聞いてみたり、机の上のメモを繰ってみたり
する、そんないつもの行動にさえ心が安らぐ。

「ああ、もしもし高木さんですか、塩瀬です。事務所
から具合が悪うなったとお聞きしまして、お電話して
みました。無理せんといて下さい。お体壊したらなん
にもなりませんよって……。以前ちょっとお話しまし
たが、B-6棟の河合芳子さん、ここのところ、すっ
り落ち込んでいて元気がなかったんやけど、この間、
支援物資の抽選会で、カラオケセットを当てましてん。
他の部屋の人たちも呼んで、五人で歌いまくりました。
とても楽しくて、芳子さんも大喜び、みんなで三時間
も歌い続けましたよ……。もう、喉はがらがら……」

ボランティアで応援している仮設住宅住む塩瀬祥子か
らだった。聞きながら、パッと高木の頭に閃くものが
あったが、とりあえず夕飯を食べに、近くにあるいつ
もの喫茶店「三々亭」に行く。夜七時からはスナック
になる。

ママというより「おかみさん」という呼び名がぴった
りの芳賀朝子が、月三万円で夕食だけ飛び切りの料理
を作ってくれた。要らない時は、連絡することになっ
ていたのを、ここ数日間の緊張生活でうっかり忘れて
いた。

次から次へ手を打ち、気軽にやっているようだったが、
高木自身は、かなり気が張り詰めていたのかもしれな
い。大金入り旅行鞄の持ち逃げは、ゲームなんてそん
な生やさしいもんではないと、高木はつくづく思い知
った。

「やあ、ママ、しばらく……。といっても一週間振り
か。いろいろあったので、なんだか一週間以上も会っ
てないような気がするなあ……」

「ほんま、どうしてたん…?二日も連絡せずに顔見せ
んと。今日も来なかったらK2に捜索願い出そか、言
うてたんよ。あいにく今晩はあまり品数が多くできん
のよ。昨日もおとといも、腕によりかけて待っとった
のに……」

「いやあ、ごめんごめん。品数よりママのおふくろの
味が一番だよ。どうしても手が離せない野暮用に引っ
かかちゃってね。まったく連絡できなかったんだ……。
まだ継続中なんで、終わったらゆっくり説明するよ。
その代わり、ハイッ、これっ。ママが欲しいって言っ
てたローズピンクのバラ、百万本じゃなく三十本、マ
マの年齢分……。飾り終わったら、いい感じのドライ
フラワーになるってさ。花屋が言ってたよ」

「あら、おおきに……、ありがとう。でも、私の歳は
もっと上……、いやねえ、秋ちゃんは……。ふーん、
そんな高いもん奮発するいうんは、もしかすると誰か
いい人できたんと違う」

カウンターにいた中年の男が笑いながら振り返って、

「うーん、そう言えば、秋ちゃんはちょっとやつれた
みたいやね、恋患いかもしれんぞ。その若さで、男前
やから女の子が放っておかんやろ……」

この店の常連客の一人、写真館を経営する米田だった。
朝子のフアンで毎晩「三々亭」を訪れている。

「ああ、米田さん、こんばんは。いやあ……、米田さ
んも、そこまで言うかなあ。でも、一週間ここに顔を
見せないだけで、みんなからそんな風に思われるとは
夢にも考えなかったけど、ご心配いただいてうれし
いです。残念ながら、二人ともブーッですよ。あれ
から、まだ、三年足らずですから……、とても、そ
んなこと……。僕には考えられませんよ……」

高木が、震災で恋人を亡くしたこと、そのためにボ
ランティア活動を始めたこと…などをみんなが知っ
ていた。

「うーん、こんな沢山のバラもろたんは生まれて初
めてやわ、ごっつう嬉しい。死んだお父ちゃんもく
れんかった。ほんま、夢みたい……」

朝子は高木を横目に見やって、米田をちらっと睨ん
だ。バラの花束に顔をつけて、直ぐ持ち前の人懐っ
こい笑顔になり、元気よく大声を出した。

「さー、ハイ、ハイ。あり合わせで、びっくりする

ようなご馳走を作ります。まあ、見てなはれ」

久しぶりに、ご飯と味噌汁以外に五種類の「おふく
ろの味」を楽しんで、高木は心からの満腹感を味わ
った。バラのお礼で、ママの奢りだというビールを、
すすめられるままに三本も飲んでしまった。おまけ
に、米田と一緒にカラオも楽しんだ。震災以後では
初めてだ。

朝子も、高木が歌うのを初めて見たので、驚くと同
時に、やたらとはしゃいだ。米田と朝子、朝子と高
木で何度かデュエットを歌い、最後には、高木は米
田と組んでまでデュエットを歌う始末だった。米田
がカラオケ慣れしており、高木の高音に合わせて、
低音を歌う合わせ方の巧さに気持ちよく歌えたから

でもある。「三々亭」からの帰り道は、ほろ酔いの
に、晩秋を告げる冷たい風が快かった。

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